HINO BREWING
HINO BREWING
田中宏明
日野祭発のクラフトビール
魅力と失敗
会社が目指す場所
前編に引き続き、お話を伺ったのは、HINO BREWING代表の田中宏明さん。 HINO BREWINGの魅力、今だから話せる失敗談、設備投資の考え方、 会社として目指す場所などさまざまな角度から事業について語っていただきました。
地域の人たちからの応援を力に変える
滋賀県発のクラフトビール。 日野祭をきっかけに3人が集まり、飲み会の場で会社設立が決定。 事業の立ち上げ方として、かなりレアな印象です。 田中さん自身が思う、HINO BREWINGの魅力はどこにあるのでしょうか。
HINO BREWINGのいいところは、ビールを製造するための会社というよりも、 どちらかというと「地域を盛り上げたい」「お祭りを元気にしたい」といった感覚で取り組んでいるところです。 そのため、僕たち以上に地域の人が会社を応援してくれる傾向があります。
HINO BREWINGのメンバーは、現在4人。 マスの部分で効いているのは、メディアによる情報発信ですが、 ミクロの部分では、HINO BREWINGを応援してくれる地域の人たちの力が大きいといいます。
ビジネス祭り好きじゃなくて、本当に祭り好きなメンバーですから。 僕たちを知ってくれている人たちからすると「祭り好きが高じて、とうとう仕事にしたのか」という感覚だと思います。 近所のお祭り好きな人たちは、自分たちが買うだけじゃなく、他の人にも勧めてくれる。 お客さんというより、もはやメンバーのような存在です。
おそらく、地元の方々からも、単なる飲み物としてのビールだけでなく、 お祭りを面白くするツールとしての認知度があるのではないでしょうか。 歴史のある日野祭ですが、祭を象徴するようなお土産物がこれまでにはあるようでなかったとの声も。
売る人・買う人という関係よりも、一緒にお祭りを広げていく人。 そんな感じに近いのかもしれないですね。
失敗談〜ものを買うときには見積もりを取ってから
「失敗しても、あまり失敗とは思わない」と語ってくれた田中さん。 なんとかひとつ失敗談を、と尋ねたところビールリリースの年、 日野祭が記念すべき850周年を迎えたときの話をしてくれました。
日野祭の開催は、毎年5月2日、3日ですが、嶽祭は4月20日。 日野町にある標高1,110mの綿向山のてっぺんまで、みんなで登って神様を迎えに行くんです。 頂上に社(やしろ)があり、里から神様がおりてくるイメージです。 ショーンが「ビールを、献酒であげたい」と言い出した。しかも樽で。樽って、15kgくらいあるんですよ。
さらに知り合いの大工さんが「じゃあ神輿(みこし)で運ばなアカン」と言い出し、 ショーンさんと大いに盛り上がることに。 ショーンさんからは「ボランティアでつくってくれるらしい」と聞いた田中さん。 「じゃあ、まぁいいか」と思ったそう。
その後、2樽乗せられる神輿が完成しました。 本体だけで40kg。樽を乗せたら70kgぐらい。 ちょっとだけ持ちましたが、ものすごく重くて。これを担いで1,100mも登れない。 僕は他の仕事もあったので、トムとショーンが2人で担いで登ると言っていたんです。
神輿を担いで登る日は、NHKによる密着取材中。 田中さんも後から映像を見たものの、トムさんとショーンさんが担いでいるのは少しだけ。 あとは、登山客の人たちが少しずつ担いでいたのだそう。
頂上でみんながビールを飲んでいる映像も出てきましたが、 地上とは気圧が違うため、ビールが泡だらけになっていました。 もういろいろ失敗。しかも最後に35万円の請求書が届きました。
どうやら材料費がかなり高かった模様。 しかし、ショーンさんも請求書を受け取っている。 さらに実際に神輿は完成し、すでに使っている状態であれば支払うしかありません。
本当に基本的なことですが、ものを買うときにはきちんと見積もりを取ってから。 ちなみに、デザインに関しては契約書をしっかりと交わしています。
売上・支出管理、そして設備投資
HINO BREWINGの売上・支出管理は、田中さんが担当。 長期・中期・短期で入出金をとらえ、設備投資の計画を立てます。 どの設備を入れるかによって、つくれるビールも変わるため、投資は重要です。
ちょうどこの前、汚れが数値化される機械「ATPメーター」を買いました。 ビールは発酵食品。ビールの酵母は汚染に弱いんです。 雑菌などが入っていると、雑菌優先になり、ビール酵母が全然働かないといったこともあります。 雑菌をいかに除去するかは人間の仕事です。
ただし「必要経費」「大事なアイテム」という部分には、我が入りがち。 そして、手元の現金が多いときは、少ないときよりも判断が甘くなりがちです。 これは、起業して少し経ったくらいに陥りやすい落とし穴のひとつです。
融資を受けると、一気に銀行口座の残高が増えます。 ここで自分のお金だと錯覚し出すと危険です。 起業したばかりの頃は、資金の使い方を知らない状態。 気が大きくなりすぎて、事業と関係のないところで潰れてしまうケースもあります。
HINO BREWINGのような設備産業である以上、新しい設備の導入は必要です。 判断基準は、どのようにして生まれたのでしょうか。
設備には大きく分けて3種類あります。元々足りていない設備。 今の市場のクラフトビールづくりにおいてあった方がいいだろうという設備。 さらに、スケールやレベルに合わせて必要になる設備。 複数のカテゴリーに分けた上で、まずは必要最低限を買い揃えていく。これは最優先。 ただ、品質を向上させるためには、 雑菌を検知する機械や溶存酸素(液体の瓶詰めをする際に巻き込む酸素の濃度を測る機械)なども必要です。 ただ酸素を測るだけですが、370万円くらいします。
酸素が入っている=酸化する=品質が劣化していくということ。 極力ゼロに近ければ、賞味期限の長い製品を作ることができます。 また、飲んだときの美味しさも保証可能です。
海外に輸出する場合は、長期輸送や温度変化による劣化を防ぐため、 さらに厳しい溶存酸素基準をクリアする必要があります。 リーチを伸ばすためには、新しい機械が必要。 実際にどれだけの売上規模が見込めるかを調査するため、実際に取り組んでいる人を訪ねることもあります。
適正規模のスケールを目指し、会社を落ち着ける
設備産業の業界では、 無限のスケールアップがひとつのセオリーになっているケースが多いといいます。 そもそも成長が大事という考え方です。
僕もその考え方に反対しているわけではありません。 ただ、無限に広がるよりは、適正規模のスケール。 売上、利益率、コンセプト、バランスの良いスポットがきっとあるはず。 自分たちなりのスポットを見つけて、会社をその場所に落ち着けることが今の目標です。
前職では、何万人の社員がいる会社に勤めていたこともある田中さん。 だからこそプレイヤーではなくマネジメントの仕事に対しての憧れはないといいます。 その上で最後に、自分たちが心地よく、しっくり来るところを探しながら事業を進めていきたいとこれからの抱負を語ってくださいました。